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刑務所内でのヴィパッサナーコース

・はじめに

1994年4月、インドの首都ニューデリーのティハール刑務所内の一部において、千人余りの囚人が参加しヴィパッサナー瞑想コースが行われた。コースはゴエンカ夫妻によって行われ、13人のアシスタント指導者がそれをサポートした。これは、刑務所内はもとより、近年行われた最大のヴィパッサナーのコースとなった。

ティハール刑務所は約9000人の囚人を収容し、アジアで最も大きな刑務所の一つである。ニューデリーの郊外にあるこの刑務所の敷地は何百エーカーにも及ぶものである。このように大人数の囚人を一度に管理することが困難なため、ティハールは4つの刑務所に分かれている。4月のコースには、この4つの刑務所から囚人が参加した。

このコースは、刑務所内でコースを行おうというここ20年来の努力の大きな成果であった。インドの刑務所で、初めてヴィパッサナーが行われたのは、ジャイプールの中央刑務所においてである。これは、当時ラジャスタン地方の内務大臣(アメリカの州知事に相当する)であったラム・シン氏の招きによって実現した。ラム・シン氏は、自身が熱心なヴィパッサナーの修行者であり、個人が直面する問題を解決することと同様に、この技が社会や政府の問題の解決に効果のあるものかどうかを試したいという気持ちを持っていた。

この二回のコースと、ジャイプールの警察学校での警察官のためのコースの結果は、とても励みとなるものであった。しかしながら州政府の交代によって、主となる役人が転任し、刑務所におけるヴィパッサナーのプログラムは続行することができなくなった。続いてラム・シン氏自身が政府の仕事から引退し、S.N.ゴエンカ氏によって任命を受けた初めてのアシスタント指導者の一人となった。ラム・シン氏がゴエンカ氏に、刑務所のコースが継続されなくなったことを残念に思うと報告した時、ゴエンカ氏は次のように答えた。「心配することはありません。ヴィパッサナーの種は蒔かれたのです。また、その芽の出る時がやって来ます。」

その「時」は、約15年の後に訪れた。1990年にジャイプールの中央刑務所において、アシスタント指導者によるコースが行われ、続いて1991年にグジュラート州バロダ中央刑務所での6回のコースが行われた。これらのコースはいくつかの社会学研究の対象となり、その結果として、ヴィパッサナーは囚人の性向や態度に肯定的な影響を与えたという結果をもたらした。彼らの多くに見られる「復讐心」がヴィパッサナーを修行することで大きく減少し、時には全く消え失せたことが報告された。また、囚人と看守との関係はずっと調和を持ったものとなり、自己訓練が劇的に改善された。その結果、看守による攻撃的な監督ぶりや刑罰の必要も低減した。

・ティハール刑務所でのヴィパッサナーコースの始まり

千人の生徒のためのコースを行うことは、野心的な試みである。これは、社会の最も不運なメンバーの状態改善に尽くそうという何人かの人々の、ユニークな共同作業であった。1993年7月、ラム・シン氏は彼の役所時代の同僚であり、現在インド政府の内務省秘書官であるM.L.メータ氏からの手紙を受けとった。手紙は、ヴィパッサナーのコースをティハール中央刑務所で行うことができるかどうかを尋ねるものであった。このインド政府からの招待は、ニューデリーの刑務所の監察長官であったキラン・ベディ博士の熱心な支持によるものであった。

ベディ博士は前向きな社会改革者で、彼女の警察官としてのユニークな21年間の経歴によってインドではよく知られた人物である。現在45歳の彼女は、インドの警察組織初の女性士官として、1972年に仕事を始めた。勇気ある行動やダイナミックなエネルギー、そして苦しむ人々を助ける気持ちを心から持つ人物として知られている。

ベディ博士は、1993年の5月に監察長官の任命を受けた。ティハール第2監房の看守、タルセム・クマール氏によって語られた、その当時のティハール刑務所の様子には、荒涼たるものがある。

「刑務所のすさまじい混み具合、衛生状態の悪さ、息をする場所もない状態などに加えて、看守たちは抑圧し、はく奪し、孤立させ、罰するという古いやり方によって囚人を扱う訓練を受けていました。抑圧し、最大限の制限を与えて彼らを苦しめることによって、釈放された時にこのような地獄に送り戻されるのを恐れて、二度と犯罪を犯さないであろうと信じていたのです。しかし、それは間違いでした。釈放の後に、多くの囚人はまた刑務所に戻って来ました。軽犯罪で投獄されていた者が、できの良い大物犯罪者になるにはどうしたらよいかをティハールで学んだことによって、今度はより深刻な犯罪を犯して戻ってくるというケースもありました。インドの計画委員会のメンバーが的確に述べたように、ティハールの囚人は、犯罪の博士課程をしていたのです。ティハールは犯罪者を育てていたのであって、市民を矯正してはいませんでした。」

彼女の着任第1日目に、ベディ博士はこの刑務所を6ヵ月の内にアシュラム(精神の修養所)に変えたいと宣言した。彼女は即座に、さまざまな面で、驚くほど革新的な改正を行い、それは短期間に刑務所の雰囲気に劇的な改善をもたらした。ベディ博士の模範的な指導と、新たな方法を開拓する改革は、刑務所は更生のための施設であるべきで、罰する場所ではないという強い確信によって動機づけられていた。以下は看守クマール氏による表現である。

「彼女は、囚人が社会から拒絶された存在ではなく、そこから離れた存在なのだ、そしてもし彼らに更生する準備があるなら、社会は腕を広げて迎えてくれると皆に感じて欲しいと思っていました。囚人と私たちの間には、ほんの小さな違いがあるだけだ、糸一本ほどの違いのみだと彼女は我々に言いました。彼らは心のバランスを崩したのだ、我々も腹を立てることはあるが、ありがたいことに刑務所の内側に入れられてはいない。もし、チャンスが与えられれば、彼らみなが変わろうとするだろうと信じる。そのチャンスを与えたいのだ。不信感の代わりに信頼と自信を創り出し、彼らが変わる助けを理解と愛情を持って行うことができれば、囚人が常習犯(犯罪の習性へと逆戻りすること)となる割合は劇的に減り、社会はそれによって恩恵を受けるでしょう、と。」

彼女が着任して数週間目のある日、ベディ博士は看守と共に刑務所内の見回りをしていた。刑務所のそこここで苦しむ囚人を目にした彼女は尋ねた。「彼らの精神面での問題をどうやって解決すればよいのでしょう」ある同僚が答えた。「ヴィパッサナーを試してはどうでしょう。私は実際にこれをやってみて、怒りの気持ちが軽くなりました。」偶然の一致で、同じ頃、内務省のM.L.メータ氏も彼女にヴィパッサナーを薦めた。ベディ博士は問い合わせをし、ジャイプールにいたラム・シン氏に連絡を取った。彼は、ティハール刑務所にヴィパッサナーを導入するための第一歩として、まず何人かの刑務所の看守にコースを受けさせることを助言した。

熟考の後、ベディ博士は刑務所でも特に怒りっぽい看守たちをヴィパッサナーのコースに参加させることを決めた。彼らは権威主義的で、気が短く、自分達には直す所などないと感じている者たちであった。その彼らが10日間のヴィパッサナーコースから帰ったときに、目に見えて彼らの態度がやさしく協調的なものになったことに、同僚や囚人たちは気付いた。この試みがベディ博士と他のコーディネーターたちに、ヴィパッサナーは実際効果のある更生の方法であるという大きな自信を与えた。

・刑務所における初期のコース

ティハールにおける初めてのコースは、1993年の11月下旬に、有罪判決を受けた刑務所の10パーセントの囚人を収容する第2監房において行われた。コースはラム・シン氏と二人のアシスタント指導者によって行われた。96人の囚人と、23人の刑務所スタッフが参加した。最後の日に、マイクを通して多くの囚人たちが、このような場で、自己解放のための技を見つけ得たことの喜びを表現した。多くの参加者が、ヴィパッサナーの修行をすることによって、仕返しをしたいという気持ちが少しも湧かなくなったと述べた。それどころか、自分をティハールへ送りこんだ責任者に感謝したい、というのは、それによってヴィパッサナーに出会うことができたのだから、と述べた。

囚人たちはラム・シン氏に、もしヴィパッサナーのコースをまたすぐに計画すると約束してくれなければ、ここから出さないぞと冗談めかした。短い予告ですぐにまたコースを行うことができるとは考えられなかったラム・シン氏は答えあぐねた。しかし実際には、次のコースがすぐに準備されることになったのだ。1994年の正月に、6人のアシスタント指導者によるコースがティハールの3つの刑務所において4つ同時に行われたのである。

この一月のコースには、合計で約300人の囚人が参加した。このニュースは国の通信社によって取り上げられ、インドの全ての主要新聞に掲載された。また、外国の報道機関によっても取り上げられた。ベディ博士は報道機関に対し、囚人を変革するための方法を捜しており、それをヴィパッサナー瞑想の中に見い出したと述べた。

ベディ博士はラム・シン氏に 、個人的には全ての刑務所内の人がヴィパッサナーの修行の恩恵を経験して欲しいと思うが、今のような調子で行けば、そのためには何年もの時間がかかると述べた。彼女は、千人の囚人のための大きなコースを行うことを提案した。ラム・シン氏は、S.N.ゴエンカ氏の師であり、ミャンマーのヤンゴン出身のサヤジ・ウ・バ・キンの予言を思いだした。1969年にヴィパッサナーを教えるため初めてゴエンカ氏がインドに来た時、彼が行ったコースはとても小さなものであった。14人の人々が初めてのコースに参加した。約一年の後に、うわさが広まり、ヴィパッサナーのコースを求める人々の数が増え始めた。ゴエンカ氏が100人の人々のためにコースを行ったという話は、ミャンマーにいたサヤジの元にも届いた。(これは、当時驚くほど大きな人数であった。)サヤジはそれに答えてこう述べた。「いつか、ゴエンカは千人の人々を教えるようになる。」ラム・シン氏はこの予想を思い出し、それがティハール刑務所の中で現実となるのではないかとふと思った。

・千人の囚人のためのコース

ベディ博士は、刑務所の千人余りの囚人、ゴエンカ夫妻、そしてアシスタント指導者たちの大きなチームのための宿泊施設に適切な場所の選定と準備に取りかかった。とても大きなホールが、毎日のグループ瞑想と夜の講話に必要とされた。第4監房に新しい建物が二つほとんど完成しており、いくつかの監房において、囚人を収容する小じんまりした場所があった。この場所が、次の大きなコースの場所に選定された。インドの公共事業省が、元職人の囚人の助けで新しい建物の完成を早めた。生産的で協力的な雰囲気が漂うようになった刑務所で、囚人は排水溝を堀り、配管作業を行い、草取りをし、大きな場所を平らにして、巨大なシャミアナ、天幕の設置の手助けをした。千人余りの囚人を、威圧的な見張りなしで一緒にテントの中に収容するのは大きな保安上の危険があった。それは途方もない仕事であった。

4月4日の夕方、第4監房の大きなテント内に、1003人の男性生徒がゴエンカ氏からコース開始の指導を受けるために集まった。同時に、第1監房では、初めての女性囚人のためのヴィパッサナーのコースが始まり、2人の女性アシスタント指導者の元で49人の囚人が参加した。75人から100人のグループをそれぞれ受け持った13人の男性アシスタント指導者が男性コースの指導を助けた。刑務所の外からは、ほんの一握りの訓練を受けた奉仕者を入れたのみで、後は約60名の「古い生徒」である囚人たちが初めての奉仕を経験した。

ティハールにいる囚人の90%が裁判を待つ身、つまり、裁判の結果を待っている者たちである。残りの10%は、有罪判決を受けた受刑者である。4月のコースに参加した囚人のほとんどは裁判中の者たちであった。犯罪を犯したことを告訴されている者たちであり、その罪は麻薬取引きから盗み、殺人、テロリスト的行動から強姦まで様々である。また、宗教的な背景もまちまちで、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒、シーク教徒、キリスト教徒、仏教徒などである。そのうちの3分の1以上の者たちが文盲であった。

20人の外国人の囚人が男性のコースに、また8人が女性のコースに参加した。彼らは、ドイツ、スペイン、フランス、イタリア、スリランカ、アフガニスタン、南アフリカ、ナイジェリア、ソマリア、タンザニア、セネガル、カナダ、オーストラリアを含め、様々な国から来ていた。

コースの第一日目が始まった時、この時期にはとても珍しい、突然の嵐が起こった。雨と強い風がテントの壁と天井を破壊してしまった。全ての布類や瞑想用のクッションがすっかり濡れてしまった。アシスタント指導者たちの緊急会議が朝の3時半に開かれ、コースが続行できるか相談が行われた。ホールはガタガタの状態で、しかもまだ突風が吹き続けていた。ゴエンカ夫妻が現状を見るために現れ、コースのプログラムを継続すること、全てがすぐによくなるだろうとアドバイスした。刑務所の看守であるメーナ氏が到着し、緊急時刑務所通達システムにより瞑想の指導とチャンティングをバラックで行うこと、そこでアシスタント指導者たちも瞑想を行い囚人の指導をすることを通達した。朝食の後、天気は良くなり始め、大がかりな修復活動が行われた。コースに参加していない囚人たちの大きなチームが、気の滅入るようなダメージを受けたホールの修復に取りかかった。1000余りのクッションをホールの外に出し、乾燥させるために太陽にあてた。そして、たくさんの破れた布を縫いあわせ、天井扇や電線を再び取り付け、水のたまった部分を取り除いた。夜の7時には、テントは再び準備され、ゴエンカ氏による初めての講話に生徒たちは集まることができた。第一の障害を克服することに成功したのであった。

その他にも、このような大人数の、また質素で混み合った場所でのコースを運営する上での困難がたくさんあった。しかし、このような不便の中にも関わらず、コースはスムースに進行した。そして、最終日を迎える頃には、何か特別なものが獲得されたということは明らかだった。囚人の10パーセント以上がヴィパッサナーのコースを終了したことになり、その中には、ほかの状況のもとでは決してコースに参加しなかったであろう人々も含まれていた。これは、ゴエンカ氏の約25年に及ぶヴィパッサナーの指導の中で、一番大きなコースとなった。毎晩、彼はヒンディー語の講話を行い、30分から45分間生徒からの質問に答えた。この講話は環アジアケーブルテレビ会社であるZeeテレビによって、放映のためにビデオ収録された。

・初めての刑務所内ヴィパッサナーセンター

この4月のコースがきっかけとなり、刑務所内でのヴィパッサナーの修行のための恒久的なセンターを開くことが決定された。4月15日の最終瞑想の後、約1100人の生徒、刑務所のスタッフ、そして訪問者が、インド政府によって第4監房に設置されることになった新しい瞑想センターの落成式に臨席した。3週間の内に、ティハールのセンターは4つの全ての刑務所の囚人のために毎月2回の10日間コースを行うようになった。

ヴィパッサナーは、囚人の更生に効力のある方法であることが認められた。1月のティハールでのコースの成功の後、内務省はインド中の刑務所の監察長官を集め会議を開いた。そして、国中の刑務所において更生の方法としてヴィパッサナーを導入することを提案した。

コース中にゴエンカ氏はジャーナリストから、なぜヴィパッサナーは囚人のためによいのですかという質問を受けた。彼はそれに対して次のように答えた。「ヴィパッサナーは誰のためにもよいのです。我々はすべて自分の心の悪癖の囚人です。ヴィパッサナーの修行によって、このような束縛から自由になることができるのです。ヴィパッサナーはすべての苦しむ人々、刑務所で家族から離れて住む人も、そうでない人も、同様助けることのできる道具です。」そして、次のように付け加えた。「ティハールで起こっていることは、これが世界中の人々に恩恵を与えることができるものであるという希望のメッセージです。」


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